うちの長女👧と次女👧、揃ってスイミング習ってます。
長女が幼稚園の「年中さん」くらいから始めて、数年間続いてます。特に長女は、それなりに上達したみたいで、今は割と「泳げる子たち」が集まるクラスでやってます。「自分もやればできる」と自信になってるみたいで、良い習い事やな、と思ってたのですが・・・
習い事が苦行に
最近、長女がスイミング行くのが「辛そう」なんです。
どうも、スクールの育成方針が変更になったみたいで、練習の負荷が少しずつ重くなってるようです。もちろん、バシバシ鍛えてどんどん成長を促すことが目的でしょうが、ひょっとしたら、モノにならない子を「ふるい」にかける面もあるかもしれません。
元々体格的に恵まれないながらも、泳ぎの技術で何とか喰らい付いてきた長女ですが、体力勝負になると、かなり分が悪い。練習の中でも、周りについていくのがやっと。楽しむなんて二の次で、いかに周りと近いペースで泳ぎ続けられるか、みたいな状況です。
そんな感じなので、ここ数ヶ月は、夕方の練習から帰っても食欲が湧かないくらい疲労困憊で、ご飯を食べずに寝ちゃうこともしばしば。
挙句の果てには、あんなに泳ぐのが好きだった長女が「スイミング、今日は休みたい」とこぼすように。
これは中々大変な状況。
「無意識に」子どもに期待をかける
そこで妻と、
「長女がつらいなら、練習を適度なペースに抑えることも含めて、本人に考えさせたらええんちゃうかな?それで今のクラスに留まれないのなら、それはそれで仕方ないやろ。」
と言う相談。ただ、そうは言ったものの・・・何とも言えない「寂しさ」が僕を襲ってきたんですよね。
全泳法をきっちりこなせて、しかも「それなりのタイム」が出ないと入れないクラスに混ざって練習出来ている。さらに、そこからの伸び次第で、どんどん上を目指すこともできる環境。
長女、よく頑張ったんですよ。ただ・・・なのか、だから・・・なのか分かりませんが、
「せっかくここまで行ったのに、もったいないなぁ・・・」
という考えが頭に浮かんだ時点で、「いやいや、おかしいやろ。」とようやく自覚。
「それは俺のエゴや」。
振り返ると、子どもたちがスイミングを始めたのは、お風呂で顔にお湯がかかるのも嫌がってた長女・次女を
- 水に慣れさせる
- 体力をつけさせる
ことを目的に、体験スクールに連れて行ったのがきっかけ。
親としては「きっかけを与えた」だけで、以降は子どもたちの「意思」できつい練習も乗り越えながら成長してきてます。あくまで主体は子ども。
確かに、「積み重ねてきたもの」はあるけど、それを放棄するかどうかを決めるのも、子どもたちであるべき。それなのに、当事者ではない僕が残念に思うということは、ひょっとしたら、子ども達に水泳でバリバリ上り詰めて行くことを「期待」し、子どもたちにその期待を「暗に」背負わせてしまってたのかもしれません。
そんなことを考えて、えらい反省しましたよ😭。
子どもであっても1人の人格
親の勤めは、あくまで「きっかけを与えること」だと思ってます。
継続するのか、違う楽しみや頑張る対象を見つけに行くのか、それは子どもが考え、判断し、(親のサポートも受けながら)実行すべき。
子どもであっても、色んなことを考えたり、感じたりする。そんな当たり前のことを思い出しました。
長女よ、やりたきゃやれ!ただし、やるからにはとことんやれ!!
機会を改めて、そう伝えようと思います。
それでは、また次回お会いしましょう!
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